浜田川水論牢死者墓碑(はまだがわすいろんろうししゃぼひ)

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ページ番号1028704 更新日 令和4年3月30日

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浜田川水論牢死者墓碑
10名の名前が刻まれた墓碑

所在地

 尼崎市浜田町2丁目63

 阪神バス「浜浦町」南約250m

 阪神バス「浜田小学校」北約250m

 JR「立花」駅 南約700m


 江戸時代の後半、浜田村と西難波村との間では蓬川上流の用排水路をめぐって、たびたび水争いが起こりました。明和元年(1764)に起こった騒動では、浜田村の役職者などが入牢し、全員死亡しました。このとき亡くなったとされる10名の霊を弔うため、名前を刻んだこの碑を安永4年(1775)浄専寺境内に建て、戦後現在地に移転されました。

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