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武庫地区歴史ポイント

武庫地区には、たくさんの歴史ポイントや伝説が残っています。 「コミュニティルーム武庫」登録団体「ふるさとの輪」「ふるさとを知る会」の資料を参考にその一部を紹介します。

山崎道風土記絵巻 (西昆陽1丁目)

国道171号線の地下道絵巻

産業技術短期大学から武庫北小学校に向かう国道171号線の「年亀地下道」に、この絵巻はあります。

昭和58年2月に常陽中学校の生徒たちによって、「山崎道風土記絵巻」の大壁画が描かれました。

タテ1.31メートル、ヨコ23.7メートルの大きなもので、伊丹の「昆陽池」から武庫川の「髭の渡し」の史蹟・伝記・古歌・古句などを大パノラマで描いています。この地方の歴史の歩みや風土が一目でわかります。

興味のある方は、一度お時間のある時に足をお運びください。

源太郎橋 (常吉2丁目)

源太郎橋の水車の写真

 生徳(しょうとく)2年(1712年)武庫川の大氾濫で、常吉村は田畑が土砂で埋まりました。村人たちが途方にくれているとき、源太郎さんは、一人で自分の田のあった辺りを掘り返し、土砂を武庫川の土手に運んで捨てました。砂の下から次第に田畑が現れるのを見た村人たちは、勇気付けられ、復旧に励んだと伝えられています。

常松小学校誕生の地(常松2丁目)

常正寺の写真

  江戸時代の天明年間(1781年)に浄正寺の住職により寺子屋秦野塾が開かれました。そして明治5年学生発布の翌年明治6年(1873年)尼崎市内で最も早く常松小学校として開校しました。その後常吉小学校、さらに観瀾(かんらん)小学校と改名され、明治33年武庫小学校となり現在の地に移されました。

庚申堂(西昆陽2丁目)

庚申堂の写真

 庚申さまは、道祖神(別名 さいのかみとも言う)と呼ばれ、疫病や災いを防ぐ役目を担っています。昔は60日ごとの庚申の晩はお祭りのため、村の人々はこの庚申さまの前で、物語などをして夜明かしをしたそうです。

 この庚申さまは、尼崎では最古(元禄16年 1703年)のもので、阪神間でも優れた石仏の一つです。道路拡張などにより二度、三度と移され、現在は歩道橋の下で静かに私たちを見守っています。

髭の渡し(常松2丁目)

髭の渡しがあった辺りのの写真

西国街道(別名 山崎街道)は、京・大阪から西国を結ぶ主要な街道(官道)として多くの人々の往来がありました。その武庫川を渡るのが「髭の渡し」です。

 川幅は堤から堤まで約468メートルで対岸の西宮側は現在「報徳学園」あたりです。

 川をわたる方法としては、仮橋(かりばし)・渡し舟・れん台渡し(客を乗せてかつぐ)などがあり、そのときの水量により渡しの方法や渡し賃が違いました。水の少ないときなどは歩いて渡る旅人もいました。この方法は、明治42年甲武橋がかかるまで続けられました。

 渡しの手前には、旅人の休憩や船待ち場所として、わらじや酒・菓子などを売る茶店がありました。主人の安兵衛さんが立派な髭をはやしていたことから、髭茶屋(ひげちゃや)と呼ばれていました。旅の疲れから病気になったり、盗賊に襲われる事もあり、これらの人々を助け世話をしてあげました。その主人の名前から「髭の渡し」と呼ばれたのではなかと言われています。

情報の発信元

市民協働局 武庫地域振興センター

〒661-0041 兵庫県尼崎市武庫の里1丁目13番29号

電話番号
06-6431-7884
ファックス
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