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人権コラム4

人権問題のジレンマ

自己決定権と“援助交際”

“人権”とは何か?については、いろいろな角度からのとらえかたがありますが、人間の歴史のなかで、ごく普通 の人びとの“人権”についての思想を明らかにした1789年のフランス革命における『人権宣言』が明確にした人権は、つまるところ、自分のことは自分で決め、そのことについて自分自身が責任を引き受けるという人間像を前提にしてきたといってよいでしょう。いわゆる「自己決定権」という視点から、昨今、話題になっている女子高生などの「援助交際」について考えてみましょう。

 開発途上国の女性たちが、家族や自分自身の命をつなぐために体を売らざるを得ないという事情とは異なって、日本の女子高生たちが、遊興費やブランド品欲しさに、体を売ってお小遣いをもらうという行為について、「女子高生たちには自己決定権があるのだから、援助交際の意味を理解した上でそういう行為をすることに問題はない」という意見が、若い年齢層を中心にして、けっこう支持されているようです。

 これは、例えば、子どもたちにも人権があるとか、女子高生にも自分で自分の体を処分する人権があるという言い方で正当化するためのものではないでしょうか? 私は、このような現象は、自己決定の名において、自己の尊厳を売り渡すことであり、自己決定権の名で人間の尊厳を捨てることは必ずしも喜ばしいことではないと思います。男性支配型の社会構造を十分に理解しないで、あるいは理解できない状況下でその自己決定権を認めることは問題ではないでしょうか?

 これは、もともと自己決定というコンセプトそのものに内在している矛盾した要素です。自己決定というのはひとつの決め方であり、自己決定する内容は何か。それは、ひとことでいえば、人間の尊厳ということでしょう。それをだれも周りから決めてはくれないのです。『人権教育のための国連10年』行動計画が期待する「人権という普遍的文化の構築」とは、個人が自分自身の生きがいを自分で決める、ということをあくまでも基本においた社会をつくることでしょう。しかし、人権問題には常にジレンマがあります。

 みなさんはどのような意見をおもちでしょうか? グループで、家族で議論してみてください。 【参考文献】小林善彦/樋口陽一編『人権は「普遍」なのか』(岩波ブックレット No.480) 

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