桁行5.5間(11.5m)、梁行7.5間(15m)の南を正面とする平入建物で、
の屋根は途中で段差をつけて葺く錣葺(しころぶき)です。簡素な外観に比べ、内部は
の天井や小壁に草花や龍・鳳凰などが描かれ、華麗な装飾が施されています。宝永2年(1705)4月に上棟、そして翌年9月に竣工していますが、現状の仏壇周りの状況などから、本尊(ほんぞん)厨子(ずし)が作成された江戸時代後期(18世紀後半頃)に改造が加えられたと推定され、建立当初は現在とは異なった古風で閉鎖的な堂内となっていたとみられます。改変はみられるものの建築年代は明らかであり、市内に現存する唯一の時宗寺院本堂として貴重な遺構です。
拡大(2049×1593 343kb 別窓)
内陣天井に描かれていた龍図は、現在は額装され外陣に別置されています。落款(らっかん)・印章から、脇陣天井画の鳳凰図と同じく、円山(まるやま)応挙(おうきょ)の門弟長沢(ながさわ)蘆雪(ろせつ)の養子で、弘化4年(1847)に81歳で没した長沢(ながさわ)蘆洲(ろしゅう)の作とみられます。
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