本堂は、桁行(けたゆき)8間(12.230m)、梁間(はりま)9間半(13.275m)、
(よせむねづくり)、銅板葺の建物で、残されている棟札から元禄9年(1696)に建立されたことが知られます。内部は前面二間通りを
(げじん)とし、奥中央の三間四方を
(ないじん)、その左右を脇陣とします。内陣中央奥に
(しゅみだん)を据え、脇陣正面奥は位牌壇を設けています。柱は縁柱(えんばしら)および位牌壇背面から背後の柱を除いて全て円柱が使われ、柱の上部には組物が設けられています。
内陣の天井に描かれている龍図は、落款(らっかん)と印章から、大岡春卜(しゅんぼく)の門弟といわれる大坂の絵師江阿弥(ごうあみ)卜信(ぼくしん)の作であり、制作年代は江阿弥61歳の宝暦3年(1753)と考えられ、本堂建立から約50年後に描かれたものであることが判明します。
建築年代が明らかなうえ、一部に改変が見られるものの、内部に組物を採用した総円柱本堂としては、極めて貴重な遺構といえます。
表門は、桁行(けたゆき)1間(2.885m)、梁間(はりま)1間半(1.455m)、
(きりづまづくり)、本瓦葺の
(やくいもん)です。簡素な門ですが男梁(おばり)や女梁(めばり)の先端の繰形(くりがた)はのびやかで、品位のある門です。建築年代を示す資料を欠きますが、様式的には本堂建立と同時期の17世紀末頃の建築とみられます。
棟札は、長さ101.9cm、幅18.0cm、厚さ1.6cmの板の表に「奉再建供養・・・・源蓮社専譽愚計上人/于時/元禄九丙子暦六月吉日」、裏に「大工棟梁 摂州尼崎住/松井市郎兵衛藤原氏辻端正勝」と墨書され、如来院本堂が尼崎の大工松井市郎兵衛によって元禄9年(1696)に建立されたことが分かります。保存状態は極めて良好で、同年月の墨書がある箱に収められていたとみられます。
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