縦112cm、横87.5cm。この絵は、天長年中(824~834)に空海が浄光寺に堂舎を建てる以前、釈恵満という僧が、海中より放光する金像を得て歓喜するところから始まります。南北朝の内乱の時には南朝方の楠木・和田勢と浄光寺の地に城を構えた箕浦次郎左衛門俊定との合戦、寺の焼亡の部分、寺の再建と本尊の安置供養までを絵巻風に二幅に描きわけています。
濃彩による作風は、桃山時代に盛行した風俗画の作風に共通するものをもつことから、町絵師が出現し始めたと考えられる慶長・元和(1596~1623)頃にその作画期が考えられる優品です。
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