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尼崎の文化財

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尼崎城跡 あまがさきじょうあと 尼崎城跡

尼崎城跡に建つ明城小学校と尼崎城の石碑
尼崎城跡に建つ明城小学校と尼崎城の石碑(左上)
  • 所在地
  • 尼崎市北・南城内
  • 文化財説明板
  • 明城小学校校庭南西
  • 尼崎市南城内116-11
  • 阪神尼崎駅 南東約550m
尼崎城は、元和3年(1617)に5万石の大名として赴任してきた戸田氏鉄によって、現在の北城内・南城内の約300メートル四方、三重の堀をもち、甲子園球場の約3.4倍に相当する敷地に築かれました。このように、5万石の大名の城としては大きすぎる城を幕府が作らせたのは、尼崎城に大坂城をの西を守る役割を期待したためでした。現在の庄下川も西側の外堀として利用され、沖からみると城全体が海に浮かんでいるように見え、美しく水に写る姿は「琴浦城」の名称で親しまれていました。城は本丸・二の丸・松の丸・南浜・西三の丸・東三の丸と渦巻き状に外へと広がり、中心の本丸には本丸御殿や4層の天守閣が建てられていました。明治6(1873)年に廃城が決まった後、城の建物は売却されたり取り壊され、堀も次第に埋められていったために、今では全くその姿を見ることはできなくなりましたが、発掘調査により遺構や遺物が発見されています。

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