豊臣秀吉が有馬温泉での湯治の見舞いに贈られた松茸200本の礼を建部寿得軒(たけべじゅとくけん、寿徳・高光)ら3人に述べたものです。建部氏 は豊臣秀吉の時代に尼崎郡代をつとめた武士で、はじめは近江六角氏、続いて織田氏に属し、本能寺の変後は秀吉に仕えて、若狭郡代を経て尼崎に入りました。天正14年(1586)の島津攻めでは小西隆佐とともに兵糧や馬の調達・運送を担当しました。慶長12年(1607)に尼崎で没し、尼崎郡代は息子の光重に引き継がれました。
秀吉は湯治のために度々有馬を訪れましたが、10月前後に出かけているのは、天正18(1590)年だけで、本文書はそのときに出されたものと推定されます。
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